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【四条河原町阪急閉店の件】やっぱりビックカメラかヤマダ電機でしょう

「一番いい待ち合わせ場所が…」四条河原町阪急、閉店へ

それか、最近流行の外資関係ファッションコンプレックスとかはどうかな?

H&M、ZARA、UNICLOなんかに代表されるやつに京都ならではも混ぜて、世界のファッションスクエアを古都京都にとか、派手にガツンと!京都の人は先進的だから、阪急とか改革できないところはさっさとお引取り頂いたほうが良いのかもしれませんね。

家電量販店よりは良いかも。

コメント

No title

子供の頃はデパートに行くのが嬉しかった。
何も買えなかったけど、居るだけで幸せな気分を味わえる空間だった。
京都のど真ん中、チョコレート色の阪急電車のターミナル。
その上に鎮座する重厚な建物は歴史の重みさえ感じる。
デパートは、ただ買い物をするだけの場所ではなかった。
いろんな夢を見ることが出来た希望の場所でもあった。
お金とモノの交換スタイルがどんどん合理化されていく。
すべてがデジタル化されていく世の中。
「こころ」の交換が出来た「夢の空間」が懐かしい。

No title

そういえば博多駅に入るのは阪急では?
井筒屋の記憶しかなかったけど。
博多駅が出来た当初は、周辺は爆撃のあとのように何も無く、路面電車が「焼け野原」の中を走っているように目だったけど。
今では建物がビッシリ。
故郷はどんどん変化していくけど、変わらないのは自分の記憶だけ。
仕方ないね「アラカン」だもの。

No title

松尾さん

小学校の頃、どらは上津役(こうじゃく。こっちの人は読めないだろうなぁ)の大原(おおばる。これも。)団地に住んでまして、休みの日に「町」に行くというのは、黒崎の井筒屋のことで、めちゃめちゃ楽しみでした。井筒屋の屋上に、遊園地がありました。

いやだったのは、服を着替えることで、でも、「町」に行く楽しみが勝って我慢して窮屈な服に着替えてました。

あと、到津(いとうづ)遊園・動物園、今は「到津の森公園」となってしまいましたが、これまた楽しみでした。

団地の周辺。当時、無限の時間がそこにはあり、今でも近所の悪がき連中の歓声が聞こえてきます。蝉・くわがた捕り、だんちん、コマ、凧揚げ、鬼ごっこ、シーソー、紙飛行機、http://www5d.biglobe.ne.jp/~ganngudo/daganngu.htm(こんな感じですが、ここにあるようなプラスチックではなく、羽が薄い木に紙が張ってあるやつ。錘は薄い鉛で切れ込みがあるやつ。でもよく飛んでました。)

無限の時間も一瞬に過ぎ去り記憶の断片が残った。

No title

到津遊園地、路面電車にことこと揺られながら1時間以上。
初めて乗った飛行塔の飛行機に目を回して気分が悪くなり、せっかくの弁当が食べられなかった。

紙飛行機、我々の頃は細い竹ひごを曲げて翼の骨組みを作り、胴体は木を細長く削って(割り箸を
3本くらい継ぎ足したくらいの長さ)、小さな穴をあけて主翼と垂直尾翼と水平尾翼の骨組みを差し込んで、
それに薄い和紙を貼って、プロペラを胴体に取り付け輪ゴムを沢山つないで水平尾翼の胴体の下のフックへ。
試験飛行を何度か繰り返して翼の角度を変えたり等々。
高く遠くよく飛んでいた記憶が。

今の子供たちは「自分で創作」する事がないので、ある意味「受身」なんだろうね。
受け売りの知識は豊富、口達者、見てくれはカッコ良いけど中身が薄っぺらい人間が増殖中。
不細工な無意味と思える泥臭い努力の向こうにある本当のカッコよさを知らないのはかわいそうやね。

No title

「目が回り弁当が食べられない」、、、懐かしい、苦い思い出です。私もあったような記憶が。

ものづくりは、良くやってました。結構、天才ではなかったかと、、自画自賛。(笑)

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プロフィール

どらいつ 家主:どらいつ

情報セキュリティ会社勤務。13年前からタバコを止めたが禁煙はしてない。ダイエットとリバウンドの繰り返し。


1958年 北九州市生まれ。大原小学校、池田小学校、香月中学、北九州予備校、東筑高校、熊本大学土木科(中退)、1984年就職、現在にいたる。

中学時は水泳部。部内で平泳ぎ 4位(4人中)。高校・大学時代9年間はラグビー。ポジションはフッカー。当時に今の体重があれば、、

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