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【ワールドカップ】凄まじい体験

強豪南アとの第一試合。

日本にとっても一番の勝負となる第一戦だと誰しもわかっていました。せめて40対10。そのくらいに抑えてくれれば次につながる。でも、ひょっとしたら、そんな気持ちでいました。

昼前にブライトンに到着し、頼んでいたチケットを受け取りにジャパンが宿泊しているドーバー海峡を臨むヒルトンホテルまでぶらぶらと。町中の人々が緑、緑、緑。桜色は数えるほど。(南アのジャージの色は緑、ジャパンは桜色)圧倒されました。

その後、地元のクラブチームのハウスまで。そこはラグビー場だけで5面ほどはあり広大な緑の中にあり、多くの人たちがラグビーをやりながらバーベキューやらクラブハウスでのビールやらで休日を楽しんでいました。生活がクラブを中心に盛り上がっているようです。恐らくはUKにいる南アと日本双方の関係者間での親善試合。普段からラグビーを通して各国の人々が交流しているようです。さすが、ラグビーの街であり国を実感させます。そして競技場へ。競技場では緑のジャージの人々が踊り歌い盛り上がっています。凄い。

そして、試合。街中では緑一色だったけど、競技場は多くの桜色。

タックルが良い!応援している山田章仁選手も良いタックルをする。そしてペナルティゴールでの先制。時折、流石南アの攻撃であっさりと中央に何回かトライを許すも、また、観客席を一周する桜色のウエィブもみられ選手と観客が一体となって戦っていました。最終的には緊張も切れずに攻め続け劇的な勝利を収めるに至りました。途中、友人から「歴史的瞬間に立ち会うかも」というメールに体が震え、代表のプレイに背筋も震え応援していました

しかし、本当の感動はこれからでした

選手が退場するのを見送り帰路へ。まず競技場内。多くの人が残ってビールを飲んで盛り上がっています。ほとんどが緑一色です。ヤバいかも。頭をかすめました。

実際、ヤバかったです。

みんなが祝福の言葉、握手、ハイタッチ、ハグ。観客だけではなく、ボランティアの人々、警備の警官まで、みんなが、奇跡を祝福してくれます。写真を一緒に撮ろうなどと、足の重い帰路も感動の渦で涙が止まりません。そしてロンドンまで戻ってきました。駅からホテルまでの道のり。また、みんなが祝福をくれます。

観客も試合が終わればノーサイドなんだ。

ところで、なんで、みんな知ってんだ?

母国の試合だけではなく、ワールドカップで開催されているあらゆる試合、それぞれの国のジャージ、今日の日本の奇跡の意味。みんな知っているんだ。ワールドカップ開催とは単に会場を提供して、海外から観客が来てそれぞれの母国を応援してのお祭りではなく。世界中でそれぞれの母国を応援し、ラグビーを通してふれあいお互いを称讃える文化を熟成しないといけないと思った。

試合に勝つだけではダメなんだ。日本で、それが出来るのか? それが課題だとも認識しました。でも、これまではラグビー界に「お客さん」として参加していた日本を本当の仲間として認めてくれた、そんな歴史的勝利だったのは間違いないと思います。

最後にたどり着いたホテル前のとんこつラーメン屋に昨晩も行きました。そして、店にビールを奢っていただき眠りにつきました。日本代表、本当にありがとう! 私たちはやっと世界の入口に立つことが出来ました。これからが本当の戦いかもしれません。

みんな一人一人ができることをコツコツと積み重ね4年後のワールドカップを日本で。

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プロフィール

どらいつ 家主:どらいつ

情報セキュリティ会社勤務。13年前からタバコを止めたが禁煙はしてない。ダイエットとリバウンドの繰り返し。


1958年 北九州市生まれ。大原小学校、池田小学校、香月中学、北九州予備校、東筑高校、熊本大学土木科(中退)、1984年就職、現在にいたる。

中学時は水泳部。部内で平泳ぎ 4位(4人中)。高校・大学時代9年間はラグビー。ポジションはフッカー。当時に今の体重があれば、、

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